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「新選組」紀行<壬生編>2003年4月25日

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2004年の大河ドラマは「新選組」
気が早いですが、新選組について、私は最近とても興味を持っているので、早々に大河紀行に突入しました。
江戸で結成された浪士隊は京に上り、分裂した後に近藤勇・芹沢鴨を中心に新選組が結成されます。
まずは、彼らが京で最初に屯所(宿泊所)とした、壬生の地(京都市中京区)を訪れました。隊士たちはこの壬生から屯所を移した後も、壬生狼と呼ばれたと言われます。

四条大宮のバス停から、四条通に面しているアークホテルの脇の細い道を南に歩いていくと壬生屯所へと続きます。
この辺りの道は狭く、注意しながら歩かないと一本筋を間違えると、迷子になりそうでした。
kondou.jpg ←<近藤勇像>
近藤勇を局長とした新選組の活躍の場、京都!
このいかめしい表情の胸像は壬生寺の壬生塚に建っています。
<光縁寺>→
新選組の墓という碑が立っていましたが、門は閉ざされていて、「墓見学の方はお断り」と貼り紙がされていました。気後れしてしまい、墓参は叶いませんでした。ここには山南敬助ほか隊士数名の合同墓などがあるようです。
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yagike.jpg ←<屯所・八木家>
八木家は、浪士隊のうち近藤・芹沢グループの屯所とした屋敷です。現在も八木家の方が住んでおられますが、芹沢らが起居した座敷などはそのままの姿で公開されています。
見学料は1000円(抹茶&屯所餅付き)。門脇に立っておられる男性が屋敷内部の説明をして下さいました。

<近藤勇の木造>→
芹沢鴨が寝所としていて、土方らに暗殺された座敷に置かれていました。
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←<茶房・鶴壽庵>
実際に近藤らが起居していたのは、この付近にあった八木家のはなれだったようです。
今は八木家の経営している茶房になっています。
見学料に含まれていると言うことで、こちらで屯所餅とお抹茶をいただいて、一休みしました。
壬生菜の刻んだものが入った屯所餅はなかなか美味しかったです。
otya.jpg
maekawake.jpg 八木邸の近くには清河八郎ら江戸からやってきた浪士隊の殆どがこちらを屯所とした旧前川邸もあります。
こちらは今では所有者も変わっていました。
この辺りの路地を近藤、土方、沖田らが行き交ったことでしょう。
<新徳寺>→
八木邸よりはす向かいすぐにあります。
江戸から上洛した浪士隊の本陣とされていました。
本堂は当時の姿をとどめています。
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←<壬生寺>
広い境内をもち、隊士たちがこの境内で軍事訓練を行っていました。
訪れたときには、ちょうど歴史の古い壬生狂言が上演されており、隊士たちもこの壬生狂言は楽しんだと言うことです。
<歌碑>→
壬生塚には三橋美智也の歌った「ああ、新選組」の歌碑が建っており、ジュークボックスに100円投入すると、歌が流れてきます。
聞き覚えのない歌でした。(^^;)
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mibuduka.jpg ←<壬生塚>
壬生寺の門を入った右手にある壬生塚。
入ると正面に近藤勇の胸像が立っています。
その像の左手に、隊士たちの墓があります。<壬生塚の墓>→
八木邸で暗殺された芹沢鴨、平山五郎のほか、野口健司や池田屋事件で亡くなった隊士たちの合同墓もありました。


壬生寺・・中京区壬生椰ノ宮町31
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新選組が壬生を屯所としたのは1863〜1865年(慶応元年)の約2年間でした。
その後、慶応元年からは西本願寺を屯所とします。
壬生から、隊士たちが探索に出かけることも多く、また遊女たちとも遊んだという島原を経て西本願寺まで歩きます。
        →<島原編>へと続きます。